“日本語パートナーズ”とは

アジアの中学・高校などの
日本語教師や生徒のパートナーとして、
授業のアシスタントや、日本文化の紹介を行います。

  • 海外が
    初めての方も
    活動中
  • 進学や就職、
    第二の人生に
    経験を活かす
  • 現地の言葉が
    話せなくても
    研修で学べる

日本語を教えたことがなくても大丈夫。
「今のあなた」で活躍できる。

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“日本語パートナーズ”に参加した
先輩たちのリアルな体験談!

蜂谷 聖さん
派遣先
インドネシア
Indonesia

教科書がなくても
授業はできる!
学習環境に合わせて
臨機応変に

ジャカルタ近くの街にある二つの国立高校で活動しました。比較的裕福な家庭に育った生徒が通う学校と、経済状態が厳しい家庭に育った生徒が通う学校で、校舎の設備など学習環境も対照的でした。片方の学校は家庭の事情で教科書が買えないという生徒が多かったこともあり、カウンターパート(現地の日本語教師)と相談して、授業内容を大幅に変更。発音やプリントの書き写しなどに時間を割き、黒板にはラミネートした図や写真をたくさん貼って説明するなどして、少しでも覚えやすい授業にしようと工夫しました。

授業で教えた「翼をください」の大合唱
生徒たちのサプライズで涙した最終日

授業は週に22コマあり、最初はカウンターパートの進め方をよく観察しました。僕からいろいろ提案するようになったのは、生徒が話すインドネシア語に耳が慣れて、疑問点や興味を持ったポイントが分かるようになってからですね。最も印象深いのは合唱曲「翼をください」を取り入れたことです。派遣期間の半分を過ぎた頃で、歌詞の一部を穴埋めできるようにしたプリントと音源を用意して紹介したのですが、想像以上に盛り上がりました。最終日には、生徒の一人が伴奏するギターでみんなが合唱を披露してくれるサプライズも。涙をこらえることができませんでした。

異国で人の役に立てたという実感と
たくさんの出会いが財産になった

8カ月の日々が終わろうかという頃、生徒の一人から「日本語をこんなに話せるようになったのは、先生のおかげです」という言葉をかけてもらいました。「異国で人の役に立てた」と実感でき、参加してよかったと心から思いました。教えるという経験だけでなく、人との出会いも“日本語パートナーズ”の魅力です。幅広い年代の人と接する中で派遣国への理解が深まりますし、別の学校で奮闘する同期や現地に駐在している日本人の方々も刺激をくれます。たくさんの価値観に触れて、視野を広げることができました。

現地にとけこみ働きながら生活した経験を
日本社会で生かす方法を見つけたい

僕は海外での長期滞在経験がなく、インドネシア語も分からない中で応募しました。派遣前研修でインドネシア語の基礎的な会話や文法などを習うのですが、自分でも出発直前まで勉強を続けてインドネシア語検定に挑戦しました。準備して自信をつけることも、僕には大事なステップでしたね。ただ、実際に始まってみれば授業も暮らしも挑戦と失敗の繰り返し。だから、異国の地で不安を持つ人の気持ちも分かります。帰国した今は、日本で暮らすインドネシア人をフォローする活動を考えています。経験を生かし、自分らしい交流を続けたいですね。

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ワッタナー
美枝子さん
派遣先
タイ
Thailand

新人教員との二人三脚で
使命感が強まった
授業キャンセルを乗り
越えて生徒をひき付ける

着任したのは全寮制の名門校でした。カウンターパート(現地の日本語教師)は教員1年目の若い女性で、まずはひらがなの読み書きといった基礎をゆっくり教えることに。生徒に興味を持ってもらえるよう、伝言ゲームなどを取り入れて二人で工夫しながら進めました。時には行事やクラブ活動で授業が急にキャンセルになり、先に進めないもどかしさを感じたこともありましたが、生徒たちはいつも積極的に取り組んでくれました。「日本のマンガを自分で読めるようになりたい」という話を聞いた時はうれしかったですね。

「やりたいことはどんどん提案しよう!」
と決意
和食づくりや浴衣着付け体験が喜ばれる

授業のキャンセルは残念でしたが、「限られた時間でも、やりたいことはきちんと提案しよう」と気持ちを切り替えました。特に力を入れたのは、日本文化紹介イベントです。おにぎり、巻きずし、流しそうめんなどの和食づくりを生徒たちに体験してもらったり、浴衣の着付けをして記念写真を撮ったり。みんなすごく喜んでくれましたね。浴衣の着付けは赴任前の派遣前研修で習ったのですが、大いに役立ちました。授業では主にサポート役ですが、日本文化の紹介は個性を発揮できる場面の一つです。

教員と打ち解けて真の友人になれた
尊重し学び合える理想の関係は一生モノ

カウンターパートと冗談を言って笑い合えるような関係が築けたことに加え、他の教科の先生たちとも深い交流ができました。おにぎりづくりでは大きな炊飯器を貸してくれましたし、自宅に招いてくれたり、遠方への帰省に「一緒においでよ」と誘ってくれたり。仕事仲間であることを超え、すばらしい友人ができました。招いてくれた先生の子どもに日本語を教えたこともあります。交流はいろいろな場面から生まれるんですね。お互いに異文化を学び合いながら楽しめる関係で、今も付き合いが続いています。

知らなかったタイに触れることができた
通勤バスの車内は驚きの連続

10カ月の派遣期間は、毎日たくさんの発見がありました。通勤に使っていたバスでは、車掌が途中でラーメンを買って車内ですすりながら仕事をしていたり、運転手が片手に携帯を握ったままだったり、後部座席にベビー服の洗濯物が大量に干してあったりしたことも。日本とは違うことがたくさんあって毎日驚いていましたが、全部楽しむことができました。現地の国際交流基金事務所のスタッフが手厚くサポートしてくれて心強かったですし、“日本語パートナーズ”は、日本語を生かした国際交流に関心のある人の最初のステップにもおすすめしたいですね。

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上運天 宏子さん
派遣先
ベトナム
Vietnam

目指したのは「生徒たち
と一緒に成長」すること
教員資格がなくても
挑戦できるのが魅力

教育学を学んだことがなく、教員資格も持っていない中、説明会で感じた「ぜひやりたい!」という熱い気持ちのまま応募しました。着任先はダナンの中学校と高校の4校。派遣前研修で習ったベトナム語を下手なりにどんどん使って、生徒たちに発音や文法を直してもらいながら、親しみやすい存在になることを目指しました。「私も頑張るから、みんなも頑張ろうね」という気持ちはカウンターパート(現地の日本語教師)と生徒たちに伝わったようで、コミュニケーションは最初から良好でしたね。

伝統楽器・三線を使ったオリジナルの文化
紹介
体験を重視したアイデアが好評

特に印象深いのは、文化紹介として出身地・沖縄の伝統楽器「三線」で「海の声」という歌を演奏したことです。とても喜ばれ、その日から授業の最後の5分間を歌の練習にあててもらえることになりました。生徒たちはなじみのない音階や歌詞を一生懸命に覚え、最後は伴奏なしで上手に歌えるほどに。着任当初はどんな文化紹介をすべきか悩みましたが、「体験したものは心に残る」という手応えを感じてからは、書道や名刺交換のロールプレイングなど様々なアイデアが出せるようになりました。

調べるほど明らかになる地元との共通点に
驚き
架け橋として自分なりの一歩も踏み出した

生徒たちが私の出身地にも興味を持ってくれたので、文化紹介ではダナンと沖縄との共通点を時々取り上げました。例えば、沖縄には生徒たちが普段口にするベトナム料理と味付けが近い角煮やゴーヤチャンプルがあること。また、ダナンで見かけた住まいと同様に瓦屋根が使われたり玄関先にシーサーを置いたりする家があることも紹介しました。たくさんの共通点があることで親しみを感じてくれたのか、話に聞き入る生徒たちはすごく楽しそうで「日本に行く時には沖縄にも行く」と盛り上がっていました。こういった共通点や日々の活動での発見などをSNSで公開したところ、日本の友人・知人から反響があり、ベトナムに興味を持ってくれたのでうれしかったです。両国の魅力をいろいろな視点で捉えて、それぞれに発信するのも大切だと感じたので、今後も続けていきたいと思います。

生徒たちと過ごす週末の楽しいひと時
アオザイの美しさに魅了された

学校に行くのは平日5日間でしたが、週末も生徒たちと過ごすことが多かったですね。ベトナムの中高生の間では今、友達とミルクティーを飲みに行くのがはやっていて「先生も行きませんか?」とよく誘ってくれました。学校外での交流といえば、カウンターパートと民族衣装のアオザイをつくりに行ったこともいい思い出です。「暑いので毎日着なくていい」と気を使ってくれたので時々着用する程度でしたが、滞在中に数着つくり、生徒からも1着プレゼントされました。美しいアオザイはこれからも日本語教育に携わろうと考える私のモチベーションを支える宝物です。

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木村 賢輔さん
派遣先
フィリピン
Philippines

第2の故郷への思いを
胸に参加
コミュニケーションは
現地の言葉も使いながら

日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれ、いつかフィリピンと日本をつなぐ活動がしたいと思っていました。“日本語パートナーズ”を知ったのは、大学時代。履修していた教育系の授業の先生と海外支援に詳しい友人から相次いで紹介され、いろいろな魅力があるプログラムだと感じました。着任したのは二つの高校です。1校のカウンターパート(現地の日本語教師)は日本語の授業を担当して2年ほどの女性の先生でした。コミュニケーションは主に英語で、時にタガログ語を使うことも。完璧に話せたわけではないですが、お互いに話好きですぐに意気投合しました。

一体感のある授業を目指して工夫を凝らす
生徒にかけられた言葉はこれからの糧

どのクラスでも常に、生徒に興味を持ってもらうために何をすべきかを考えていました。例えば、教科書の情報が古いときは、写真で「今の日本」を紹介したり、ゲームなども取り入れたりしましたね。担当クラスには学習意欲が高くない生徒もいたのですが、みんなで楽しめるようにしたことで、少しずつ日本語で答えてみようという姿勢が見られるようになり、最後は「教えてくれてありがとう」と声をかけてくれました。うれしかったですが「もう少し時間があれば」という悔しさも感じたので、この気持ちを忘れずにフィリピンとの関わりを深めていきたいです。

混雑や情報不足で「交通手段」に苦労
派遣期間後半には散策を楽しむように

人間関係が良好で言葉の壁も特に感じなかったものの、一つだけストレスがありました。それは「公共交通機関の不確かさ」。通勤はタクシーだと揺れが激しくて酔ってしまうので主にバスを使いましたが、朝は車内も道路も大混雑。ドアが閉まらないほどの混み具合に驚きました。帰りも渋滞がひどく、帰宅時間が読めないこともありましたね。また週末に出かけようとして行き方をパソコンで検索しても、正確な情報を得られないことが多かったです。少しずつバスと電車の路線図を把握し、後半には散策を楽しめるようになりました。

出会いの一つひとつが将来の選択に
つながった
より明確になった夢のため帰国後も勉強を

“日本語パートナーズ”に参加して、たくさんの人から刺激をもらいました。近所に住む先生と食事をしようと待ち合わせると、気軽に友人を連れてくるので人脈も広がりましたね。その中で、高校生以外の日本語学習者と知り合うこともありました。楽しみながら学ぶ高校生たちとは状況が違い「日本で働くために習得したい」という必死さがあり、ゆくゆくはこういう人たちともきちんと向き合える力をつけようと決意しました。帰国してからは日本語教師養成講座に通って勉強中です。すばらしい体験やきっかけが待っているので、教育に興味を持つ人には特に、挑戦してほしいですね。

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2018年度 第3回募集 派遣先

フィリピン

フィリピン

ベトナム

ベトナム

インドネシア

インドネシア

カンボジア

カンボジア

募集を締切りました。
第4回募集(台湾)を12月18日(火)より
開始します。